以前Ask.fmでご要望を受けたので,学部から大学院までの経済学の勉強についてのロードマップ?というものをまとめてみたいと思います.
と言っても自分が辿ってきた道やそれに近いものしか(例えできたとしても)指し示すことはできないと思うので上にある通りのエントリになったわけです.
経済学部に入ってから大学院のコースワークまでで有用そうなテキスト,そして気をつけるとよいと思うことについて,思いつく限り並べてみようかなと思います.
大学に入るまでに勉強しているであろう高校範囲の内容についてはすでに身につけているものとします(でないと収拾がつかなくなるので).
差し当たって数学では数学II・Bで微分積分までが出来ればよいかなと思います(確率など他のトピックはテキストを見ながら勉強できるかなと思います).
あと,私の知っている範囲で適宜テキストを挙げていますが,それはそれらのテキストが比較的みんなに使われていたり自分の好みだったりといった理由で挙げているだけなので,同レベル帯の他のテキストを参照すれば構わないと思います.また参考書として読むと楽しいテキストもたくさんあります.あくまで参考程度にご利用ください(以下ではキリがないのでこの手の「留保条件」を書いてないこともあります).
まずは経済学特有の考え方に慣れることが重要です.演習問題もどんどん解いていきましょう.
日本語の良書がたくさんあるので,定番のもので自分が読みやすいと思ったものを選んでおけば間違いがないと思いますが,個人的に一番最初に読む本としてお薦めするのが
ミクロ経済理論 (有斐閣アルマ)
です.この本は巻末の数学附論の解説が直観的でわかりやすいので非常にお薦めです.学部の経済学に必要な程度の数学は基本的にはこの数学附論の内容で十分だと思います.
ただこの本は練習問題は少ないので
演習ミクロ経済学 (演習新経済学ライブラリ (1))
を使うとよいと思います.
もっと本格的に勉強したい,または院試対策をしたい方には
ミクロ経済学
ミクロ経済学演習
がお薦めです.この本のサイトに双対性に関する補足ノートもあります.
https://sites.google.com/site/okunomicroeconomics/textbook
一般均衡論からゲーム論に至るまで,この本と演習書の内容を網羅できたら学部のミクロとしては十分すぎるぐらいでしょう.
定番のテキストでお好きなのを.うちの大学はBlanchardのマクロ経済学が指定テキストでした.他の本がどのような構成になっているかはわかりませんが,試験対策に章末の練習問題を解いておけばよいと思います.
…と適当に書きましたが,それでもまじめにやりたい方は以下のテキストを熟読しましょう.
マクロ経済学 (New Liberal Arts Selection)
統計の話に多くのページが割かれているのが素晴らしいところです.後半の発展的なトピックについては院のテキストを読むかどうかお好みで.
院試対策には
マクロ経済学
がよいでしょう.特に阪大の院試を受ける場合にはこれ以外によい対策のテキストがないと思います.
また京大のようにたまに連続時間のSolowモデルが出題される場合には
Advanced Macroeconomics (The Mcgraw-Hill Series in Economics)
を読むといいと思います.あと,阪大で出たという,動的計画法については
Dynamic Economics: Quantitative Methods and Applications
が一番わかりやすいと思います.
統計学のテキストでは
統計学入門 (基礎統計学)
が決定版でしょう.最初のうちは数学がわからなくても言葉の部分を読んでいくだけでも勉強になります.
私自身は学部時代には計量経済学をほとんど勉強しなかったので参考にならないかと思いますが,
Introduction to Econometrics
や
Introductory Econometrics: A Modern Approach
を呼んでおけば間違いないとは思います(個人的には行列を使ったほうがやりやすいので大学院のテキストを読めばいいんじゃないかと思ってしまいます).
しっかり勉強したい方は
改訂版 経済学で出る数学: 高校数学からきちんと攻める
を.ひと通りの経済学のトピックも学ぶことができて一石二鳥です.
大学院の一年目はコースワークの勉強にほとんどの時間を費やすことになると思います.コースワークの成績は指導教官の選択や留学にも影響を与えるのでその意味で重要です.また論文を読む上での最低限の知識をつけることでもあるので,特に専門の教科についてはちゃんと勉強することをお勧めします(必要以上に勉強する必要はないとは思いますけどね).
どの分野に進む場合でも必要なのは集合論,解析,線形代数,最適化あたりでしょう.特に前者2つは基本中の基本と言ってもいいと思います.
うちの大学のコースワークでカバーされる内容のほとんどは以下にも挙げるRudinの”Principles of Mathematical Analysis”でカバーされていましたが,この本は行間がかなり空いていて,しかも定義が標準的なものと少し違ったりするので他のテキストと補完的に使うのが良いと思います.
またどのテキストを読む場合にも言えることですが,時間が豊富にあるのでない限り,授業その他で必要な単元を整理しておき,それに必要な部分を選ぶようにして読んだほうがよいと思います.特に数学書を最初から読もうとするとそれだけで一年が終わってしまいますので要注意です.
基本的に授業の内容に合わせて学ぶ内容を変えるべきでしょうが,学部の時に勉強しておくときなど,特にそういったものがなければさしあたり
集合論の基本(集合の濃度まで)→解析(微分積分あたりまで)→線形代数(固有値のあたりまで)→最適化
の順番で勉強していけばよいと思います.集合論の最初の部分はそもそも数学の基礎ですし,論証の仕方を学ぶのによい練習になります.そして解析学はミクロ経済学などで使う際には証明からちゃんと理解しておく必要があるので,早めに始めておいたほうがよいだろうということによります.
まず,経済数学のテキストとしては
経済学のための数学入門
経済学・経営学のための数学
の二書が有名です.その内容もさることながら,どういったトピックが必要になるかを知るためにも是非手持ちに入れておきたいテキストです.
まず集合論を学ぶ時には神谷・浦井先生の本の第一章か,または数学書で
集合・位相入門
集合と位相 (数学シリーズ)
をお薦めします.神谷・浦井先生の本は経済学における数学の重要性についても非常によく書かれていますので必読です.松阪は有名な良書ですが,内容が多いので少し大変かもしれません(逆に言えばこれ一冊持っておけば困ることはあまりありません).内田はコンパクトでお薦めです.これら二書は松阪が丁寧,内田が簡潔とスタイルも違うので,実際に読んでみて好みの方を選ぶとよいと思います.
洋書では
Topology: Pearson New International Edition
が(位相の部分も含めて)読みやすいです.
次に解析では
解析入門 (1)
解析入門 (2)
を読むといいかなと思います.すごく難しい本で読むのが辛くなりますが,証明での論理の飛躍が少ないので証明のお手本とするのによいと思います.また同レベルの洋書で先ほども触れた
The Principles of Mathematical Analysis
もお薦めです.こちらは非常にエレガントに書かれているので慣れないうちは少し使いづらいかもしれません.ただ証明が非常にきれいなので一度読んでみるのもよいでしょう.
また解析の問題演習をする際に以上のテキストの問題が難しいと感じるようなら
Economic Dynamics: Theory and Computation
の数学付録の練習問題を解くといいでしょう.こちらの練習問題は確認問題的な簡単なものが多いので最初はいい練習になります.
線形代数についてはあまり多くのテキストを知らないのですが,
線型代数入門
は個人的に好きなテキストです.
また線形空間については後に述べるLuenbergerのテキストでも多少カバーされています.
最適化問題については岡田先生の本が和書の中では読みやすいかなと思います.洋書では
A First Course in Optimization Theory
がよくテキストとして使われています.より発展的に,関数解析の応用として最適化を勉強したいなら
Optimization by Vector Space Methods
を読むのも面白いかもしれません(私も現在少しずつ読み進め中).
どこまで丁寧にやるかに議論の余地はあるものの,どの分野に行くにせよ個人の意思決定についての内容(MWG6章まで)は必要な内容になるでしょうし,早めに準備をしておくことをお薦めします.
宿題や試験問題で数学的な問題が出やすい傾向があるので,基礎としての解析学をしっかり勉強した上で挑みたい分野でもあります.
特に好みがなければMWG
Microeconomic Theory
を読んでおきましょう.Chapters 1-6が個人の意思決定で,Chapters 15-20が一般均衡理論を扱っています.大抵の場合これらの内容が最初のマイクロの授業で教えられることになるでしょう(6章はゲームパートになってから教えるところも多いです).
体感として一番難しいのはMWGの3章までの内容で,それ以降は(言ってしまえば)それらの内容を発展させていくだけです.早い段階で3章の勉強を一段落できるかどうかがコースワークを乗りきれるかどうかの鍵になるでしょう.
MWGのやたら数学的な書き方が性に合わないという方は
Microeconomic Analysis
もいいと思います.表面上の難しさ以上の違いは両者にはないように思います.あと,個人的には章立ては第2版の方が好みだったりします.
また最近出たMicroeconomic Foundations I: Choice and Competitive Markets
はMWGと補完的なテキスト(著者も前書きでそう書いてます)で,MWGで省略されている定理の証明なども載っています.また本書の一般均衡の存在証明は必見です(ナッシュ均衡の存在証明を応用しています).
ゲーム理論ではとにかく
Game Theory for Applied Economists
を読んで練習問題を解きましょう.Gibbonsのテキストで足りない部分が出てきた時にのみ,他のより詳しいテキストを参照するというので十分だと思います.
基本的には動学的な意思決定問題から始めてモデルを組み上げているスタイルになっているので,マイクロの場合とは違い,シンプルなモデルからの直観を大事に積み上げていく勉強が重要になります.
教員によって扱うトピックに違いが出るのは避けられませんが,私自身も全部のトピックについて言えるほど詳しくないので,主にPenn Stateでのコースワークのトピックに準拠したものになると思いますが,ご了承頂けると幸いです.
大学にある違いはもちろんあるとして,おそらく最初にカバーされるのはRamseyモデルかOverlapping Generationsモデル(OLG)のどちらかでしょう(もしくは導入として二期間モデルの解説が入るかもしれません).どちらもそれほど複雑なモデルではありませんし,古典的なモデルなのでどのテキストを参照しても構わないでしょう.例えば
Introduction To Modern Economic Growth
などは大部ですが必要な部分だけ読めばそれでよく,解説は丁寧です.
モデルを解く上ではラグランジュが使えれば良いのかもしれませんが,おそらく動的計画法(DP)とその数値計算はカバーされるでしょう.
最低限必要なレベルでこのトピックをカバーしているのは
Dynamic Economics: Quantitative Methods and Applications
でしょう.理論だけでなく数値計算やパラメータの推定方法など,バランスよくカバーされています.
もしDPの理論をしっかりカバーしたいorカバーされる授業を受けているなら
Recursive Methods in Economic Dynamics
を読まざるを得ないでしょう.難しいと言われる本書ですが,第4章のDeterministic DPの大事な部分の証明は(長いけれども)難しくはないので時間をかければなんとか読めると思います(Bellmanの最適性原理はsupremumの評価を丁寧にやるだけですし,その後はひたすら縮小写像定理の応用です).
Stochastic DPはどうせ授業で全てをカバーするのは無理でしょうから必要に応じて.
以上のマクロの古典的なモデルと数学準備ができた後で,おそらくカバーされるであろう完備市場のモデルに関しては
Recursive Macroeconomic Theory
の第8章を読むというのが世界標準でしょう.おそらくこれ以外のテキストは必要ないと思います.
Penn Stateのマクロでは他にRBCとNew Keynesian(NK)モデルをカバーしました.RBCに関してはあまりよいテキストを存じませんが,授業でテキスト代わりに使われていたHandbook Chapterの
Chapter 14 Resuscitating real business cycles
はRBCという研究分野のモチベーションやその発展についてまとめています.
NKモデルについては
Monetary Theory and Policy
のテキストが比較的シンプルにまとまっています(最初の章(Money-in-Utilityモデル)を読んだ後にいきなりNKモデルの章から読むことも可能だと思います).
ただ最適金融政策の記述に関しては
Monetary Policy, Inflation, and the Business Cycle: An Introduction to the New Keynesian Framework
の方がよくまとまっていると思うので,こちらも参照するとよいでしょう.こちらの二章で解説されているClassical Dichotomyモデルも勉強してNKモデルと比較すると議論の流れがわかりやすくなります.
マクロはトピックの幅が非常に広いので網羅的に説明することはできませんが,以上のテキストの中で興味のあるトピックについての章を参照していくとよいと思います.またHandbook Chapterも有用です.
統計学では漸近論を学ぶのに必要なトピック(大数の法則や中心極限定理)について解説し,その後計量経済学の各トピックを学ぶことになると思います.
うちのように測度論を授業で扱う大学はまれでしょうし,計量の理論を専門にされる方以外には必要がない内容だと思いますので,測度論のテキストについては割愛します.
私は途中までしか読んでいませんが,B. Hansenの講義ノートが難しすぎず,いいと思います.
http://www.ssc.wisc.edu/~bhansen/econometrics/
書籍としては,まず一年目のテキストとしては
Econometrics
がわかりやすいです.また
Econometric Analysis of Cross Section and Panel Data
は実証をやる人は必見らしいです.最初に漸近論と線形射影の話が出てくるのでとっつきにくいですが,むしろその辺をちゃんとやっておくとコースワークのエコノメは案外楽です(基本的にひたすらcontinuous mapping theoremとdelta methodの応用するだけです).
計量の理論を専門にされる方は測度論,確率論をやり,その後
Asymptotic Statistics
をやるとよいそうな.とりあえずこれを読み,その後はお好みで専門書や論文,Handbook chapterを読むとよいのでしょう.